大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)6069号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕……被告の仮装譲渡の主張はこれを認めるに足る的確な証拠はなく、また請求原因二の事実及び同三の事実中大阪地方法務局堺支局所属登記官が朴からの申請を受理し本件各仮登記を登記簿に記入したことはいずれも当事者間に争いがない。
右事実によれば、朴からの本件各仮登記の申請は不動産登記法第四九条第六号に該当するものであつたと推認されるから同登記官としてはこれが申請を受理すべきではなく却下すべきであつたというべきであり、それにもかかわらず、これを受理して本件各登記を登記簿に登載した同登記官の行為が当時本件家屋及びその敷地の所有者であつた原告に対する違法行為になることは明らかであり、また、同登記官に過失あるを免れないというべきである。
ところで<証拠>によれば、原告は昭和四一年三月頃夫である房次郎が営む事業(岡田歯車工業)が極度の経営難に陥つたためその窮状を救うべく、本件家屋及びその敷地を売却処分してその売得金を同人の債権者に対する返済に充てようと考え、宅地建物取引業者である訟外岡本隆雄にその売却方の仲介を依頼していたところ同年四月二〇日頃に至り右仲介人を介して訟外伴野薫三との間に売買契約が成立したこと、しかしその後間もなく原告は本件家屋につき思いがけず朴のため本件各仮登記が経由されていることを知り、これがため右伴野との契約が解消されることをおそれ、直ちに大阪法務局堺支局に赴き登記官に対し職権による抹消を求めたが、右が職権抹消事項に当たらないとの理由で拒絶されたため、己むなく朴と交渉した結果同月二三日同人の被担保債権に対し四五万円を弁済してこれが抹消を得た結果右伴野との売買契約は事なきを得たことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
右事実によれば、右の四五万円は本件家屋に本件各仮登記が附着していることにより伴野との売買契約が解消されることを防ぐため原告において支出したものであることが明らかであるが、他方何故にこうまでして原告が伴野との契約成立を望んだのか、換言すれば原告が右の売買契約の成立を確保することについていかなる法律上の利益を有していたのかが今一つ明らかでないのみならず、もともと不法な登記がなされることによつて正当な権利者が通常被る損害はこれが抹消手続に要する費用等であるから、原告が本訴において損害だと主張する右の四五万円がかりに誤つて本件各仮登記がなされたことによる損害であるといえるとしても、これは所謂特別の事情によつて生じたものというべきであり、従つて原告が被告に対しこれが賠償を求めうるのは前記登記官が誤つて本件各仮登記申請を受理した当時これを予見し又は予見することができたと考えられる場合に限られることが明らかである。しかして登記のある不動産の売買取引にあつては当事者殊に買主において事前に登記簿について充分な調査を行い、売主が登記簿上の権利者と一致するかどうか、またそれが一致するとして目的物につき他人のための担保物権の設定等各種権利の制限が存しないかどうか等を確認することは通常欠くことができず、また実際の取引にあつても現に行われるのが普通であるところ、前記事実によれば本件各仮登記は既に昭和四一年四月六日受付でもつてなされていたのに、伴野及び原告において事前に右の調査を充分行わなかつたため(充分の調査を行なつたことを認めるに足る証拠はない。)本件各仮登記の存在に気付かず、前記売買契約締結に及んだ(充分の調査をしておれば本件各仮登記の存在に容易に気づき、契約締結を見合わせたと思われる。)というのであるから、かりに誤つて本件各仮登記がなされたことを原因としてこれが契約の履行確保のため原告において右金員の支出を余儀なくされたとしても、このようなことは前記登記官において予見可能であつたということはできず、また、同登記官がこれを予見していたことを認めるに足る証拠もない。従つてかりに原告が朴に支払つた金員が、誤つて本件仮登記がなされたことによる損害であるといえるとしても、被告においてこれが賠償する義務はないというべきである。(松井賢徳)